旅行に行くなら、目当てのスポットや飲食店にはもちろん行きたいし、現地ならではの思い出も作りたい。ユニバーサルツーリズムと言われているように、高齢や障がいの有無を問わず、みんなが快適な旅行を楽しめるようになれば、とても素敵だ。介護旅行の現場では、受け入れ側の理解促進も少しずつ進み、車椅子に対応した宿泊施設も増えつつあるという。そんな折、専門の知識を持ったヘルパーが、観光や遠出に付き添ってくれるサービスが注目されている。堤玲子さんは、鹿児島をホームベースに、介護旅行ヘルパーとしてきめ細かいサービスを展開している。また、県内の観光・サービス業従事者にむけた研修会も企画・開催し、理解醸成や後続の育成にも力を入れている。介護旅行ヘルパーの仕事は、旅行ならではの大変さがある。車椅子の介助だけでも、交渉ごとなどのチェック項目がずらり。例えば飲食店一つにしても、出入り口には横幅70センチほどの車椅子の車体が通れる幅があるかどうかや、ホテルの手配では部屋の広さやベッドの配置、エレベーターの乗り降りもそうだ。体力がいる仕事にも関わらず笑顔を絶やさないのは、プロ意識の賜物だ。『非日常の体験が、ご本人やそのご家族にとって希望となる』と、ご自身の介護体験から介護旅行ヘルパーの道を志したという堤さん。お客さんにとことん寄り添う堤さんには、毎回のように感動的なエピソードがあるという。今回はそんな体験談を織り交ぜたお話を聞かせていただいた。認知症の症状はそのままに、外出時は明るい表情を見せていただけるようになったんです。もともと教員をされていたお客様は、認知症の症状が出はじめたために、施設に入居をされていました。ご本人は自分のことを、『ばかになってしまった』と言われていましたが、弊社で外出や観光をされるたびに、認知症の症状はそのままに、外出時は明るい表情を見せていただけるようになったんです。施設の方とともに次の外出を心待ちにしていただき、リピーターとしてご依頼くださるようになりました。何も分からなくなっていると思っていたお祖母様が、ものすごく優しい顔で赤ちゃんを抱っこされていたんです。お孫さんの結婚式にお母さんを連れて行きたいっていう、娘さんからご依頼があったんです。お母さまにあたるお祖母様は、認知症が進んで記憶がなくなってしまっていて、もしかしたら孫の結婚式とかもわからないかもしれないけど連れて行きたいとのことでした。結婚式当日、花嫁さんのお父さんやお母さんは忙しくて、私はその間の見守りとして、ずっとお祖母様と一緒にいました。会場では、施設にいるともう会えないんじゃないかと思われていたご親戚の方々とも、久しぶりにお会いになられていました。ちいちゃな生まれたばかりの赤ちゃんを連れてこられたご親戚がいらっしゃったんです。お客様を見ると、赤ちゃんを見る眼差しが、すごく優しいんですよね。それで『もしかしたら』と思って、赤ちゃんを抱っこしていただいたら、ちゃんと抱っこをされるんです。何も分からなくなっていると思っていた方が、ものすごく優しい顔で赤ちゃんを抱っこされていたんですね。私は若いお孫さん達に『よかったらお祖母様と写真を撮って、ご両親をびっくりさせてあげてください』と声をかけたりして、その様子を沢山の写真におさめました。式が終わったあと、お写真をご家族に差し上げたら、娘さんがすごく喜んでくださったんです。写真を見ながら『母はこんな顔をして、いつも私たちのことを優しく見守ってくれていたんです。元の母に出会えた気がする。私の母はやっぱり昔のままの優しい母だった』って言っていただいたのが、すごく嬉しかったです。もし結婚式に行ってなかったら『もうお母さんは認知症になって何もわからない』で終わっていたかもしれないし、私みたいに付き添う人がいなくてご親戚だけだったら、そういう写真を撮ろうっていう発想にならなかったかもしれないと思うんです。私はお客様とは他人ということもあるので、冷静にその場にいられるんですね。 「明日どこに行こうっていう希望は捨ててないよ」って、本当にその通りだなと思って。ご夫婦でずっとリピーターで鹿児島に県外から来られていていたお客様もいらっしゃいます。奥様はパーキンソン病っていう体が動きづらくなる病気で、施設の方とも打ち合わせしたりしていました。そのご夫妻は海外にも住んでいた方で、元からちょっとハイソな方たちだったんですね。それで、施設にいると息が詰まるって言われて、毎年2回1週間ずつ鹿児島に来られていた方だったんですけど。そのご主人が「今日の朝、何を食べたか忘れても明日どこに行こう?っていう希望は僕は捨ててないよ」って言われたんです。本当にその通りだなと思って。今日何をした、昨日何をしたっていうことなんか関係なくて、その人がこれからどうしよう、明日どうしようっていうのに付き添える、いい仕事だなぁと思っています。観光・旅行関係の方から「普通でいいんですね。知らないことがバリアになっていたんですね」日置市観光協会とのユニバーサルツアーの企画では、視覚障がいをお持ちの方々にカヌー体験をしていただきました。視覚に障害があるというだけでお元気な方々でしたので、観光ガイドさんや地域の人とのふれあい、個人ではなかなか体験が難しいアクティビティに喜んでいただけたと思います。カヌーについては、受け入れ側に目の見えない方への理解をしていただく必要があったんですが、準備が万全だったことが、安心してお客様に楽しんでいただく要因になったと思います。初めてカヌーに乗った、浜辺を走ることができた、歴史好きなガイドさんと歴史の話ができて嬉しかった、などのお声をいただきました。また企画を通じて、もともと介護関係でない観光・旅行関係の方から『介護しなければ、手を貸さなければいけないと思い込んでいたけれど、普通でいいんですね。知らないことがバリアになっていたんですね』といったお声もありました。そういうことに気づいていただきたくて、私はUDサポーター育成研修を開催しておりますが、外出が難しい方のご旅行ということで、研修では感動していただける場面が多いです。また、観光・旅行のユニバーサルデザイン(UD)のセミナーには、観光旅行サービスの従事者でない方も来られて、親を外に連れ出せるんだって言って帰る人もいます。ですので、鹿児島県の人みんなに受けてほしいと思っています。これからは介護保険・保険外の両方の知見を持ち寄る、BtoBの関係が増えてくるように思います。介護保険外サービスに取り組む事業所は増加していると感じています。ただ慢性的な人手不足で、介護保険内では思うように動けない状況があるように思います。私の知っている介護事業所の方々は、皆さん高齢の方々に親身になって丁寧なケアをされていたり、従業員のやりがいを引き出す取り組みをされている方々ばかりですが、どうしても国の制度内で事業を継続しなければならず、ジレンマをかかえている事業者さんが多いのではないかと思ったりもします。『混合介護』と国が言うように、これからは介護保険・保険外の両方の知見を持ち寄る、BtoBの関係が増えてくるように思います。私は「介護保険外サービス」をしたくてこの仕事をしているのでありません。介護保険・介護保険外どちらであれ、高齢な方々、障がいのある方々にも、生きがいを持ち、希望のある暮らしをしていただきたくてこの仕事をしています。そのために、観光・旅行がもたらす力を使って、これからも希望のある鹿児島を目指します。最後に誰か手を合わせたい人がいるんじゃないかと思っていて。鹿児島はそういう場所でもあるので。来年は、戦後80年をむかえます。鹿児島市は特攻基地となり、戦争遺跡の多い地域、要となった場所だと私は考えています。全国から、鹿児島を目指して、沢山の方においでいただけるよう着地型ツアーのプランを旅行会社の方々と練りたいと考えています。多分、戦争の話はもういいって言われるんですよね。介護施設でも、もうそんな暗い話はいいよとか、ご家族でももう昔の話聞きたくなかったりするし、若い方たちもそう思われると思うんです。でも私は、もしかしたら80年を迎えるときに、実は最後に誰か手を合わせたい人が、潜在的にいるんじゃないかと思っていて。鹿児島っていうのはそういう場所でもあるので。鹿児島市の妙行寺で、お寺の住職さんとZoomでオンラインお寺参りっていうのをしたんです。『なんだか宗教的な感じがするし、テレビ画面みたいなのにお寺が映っても、そんなのお年寄りにとっては大したことないんじゃないか』とかめっちゃ言われたんですけど、実際にやってみたら、もう想像を絶する世界が広がっていて。私たちはZoomでこっちを見てくれる人を見られる状態にしてもらっていたんですが、施設中の人が画面に向かって手を合わせていらっしゃる。お数珠を持ってきた人がいたり、奥さんの遺影を持ってきた人がいたり。どこの施設さんも、ヘルパーさんたちがそれを見て初めて、お墓参りに行きたいとか、自分の家の仏壇がどうなっているかどうか話されたんです。普段は話す時間もないし話さないんですけど。でも、そういう話を聞き出せたっていうことは、口に出してないだけで、本当はなにか最後の祈りの場が欲しいのかなと思っているんです。例えばチラシで「鹿児島祈りと癒しの旅」みたいなツアーのチラシを作ることで、それを見て、実際に鹿児島には来なくてもいいので、なかなか口に出せなかったことを話すきっかけになればいいなと思っています。介護旅行ヘルパー、旅行介護士、旅行介助士など、旅行のおともをする仕事の資格は沢山ありますから、全国のそういった資格を持った方々とともに、企画を考えたいと思います。介護旅行とは、癒やしの仕事。介護旅行とは、癒やしの仕事だと思っています。肉体的にはハードですが、喜んでくださるお客様を見ると、心が楽になり、幸せにつつまれます。旅行中は、その方が主人公。ずっとおそばでその方のお話を存分に伺える仕事。行ける、会える、楽しめる、そんな仕事だと思っていますし「もうひとりの家族でありたい」というように、ご家族のレスパイト(休息や息抜き)にもなることが魅力だと思っています。プロフィール紹介堤 玲子さん(UDラボ合同会社 代表)鹿児島で初のトラベルヘルパー1級を取得し、外出支援専門員として「介護旅行ナビ」の屋号で起業。ヘルパーと添乗員の仕事をこなしながら、独自の外出同行サービスを展開。講演会や研修依頼、ツアープランニングなど、自治体などの仕事が増えてきたことから、2022年に「UDラボ合同会社」として法人化。鹿児島県旅行業協同組合ソリスター。